さようなら2018と

今年も無事に終わりそうで何よりです。今年は上半期は某ほーしんえんぎに振り回され(幸せの極み)、特に外伝に際しては本当にこの1ヶ月半のために20年間を生きてきたのだと思えるほどの幸せを噛み締めておりました。そしてこの幸せはまだ続くらしく、すでに来年の予定も決まっております。ミュージカル行ってまいります。舞台沼での潮干狩り経験のためか、若干の不安もありますが、こうやってほーしんにお金を払えることが幸せでならないので、とにかくわくわくしながら行ってまいりたいと思います。
今年の下半期……というか主に今月なのですが、久々戦隊にすっ転んでぎゃあぎゃあ言っております(現在進行形)。追加がずるいんだよ、追加が……!(主に女子が好みかつ追加がたまらんとハマる) 追加のフランス人(?)が好きすぎて、身の回りと頭の中がフランスに侵食されているレベルです。先日はカルディでフランスを冠したものを買い漁るという贅沢をし、クリスマスにはブッシュドノエルを探してケーキ屋さん4軒ハシゴするという奇行に走りましたとも。もはや戦隊もそのキャラも関係ないじゃんレベル。本人はスゲー楽しい。これは相当ハマってます。こちらは今後の予定は決まっておりませんが、FLTの抽選には申し込んだので、あとは当たるのを待つのみです。当たるといいなあ。


ダイアリーが終了するとのことで、はてブロへのお引越しをどうするか、ちいとばかし考えていました。放っといても勝手に移行してくれるようなので、流れに任せておけばいいか〜とも思ったのですが、まあ、潮時かなと。もともと私がダイアリーを始めたのは、エイトのことを書くためでした。で、なぜはてダを選んだかというと、当時のエイトファンのブログを追いかけていた際、勝手にお慕いしていたブロガーさん方がことごとくはてダで、ええ、要は、真似っこです。それが2005年大学1年生の時。それからエイトのことを私なりにいっぱい書いて、ほんとにいっぱい書いて、一日何時間使ってるんだってくらい馬鹿みたいにエイトへの思いを文字にして、結局アップしなかった文も結構あるけど、とにかく毎日のように文章を捏ねくり回して遊んでいました。それから時が経ち、2009年大学を卒業するときに、エイトファンをやめようと思って当時のダイアリーからこちらに引っ越してみました。多分これが転機だった。エイトのこと書かないんじゃ、書くことなんてほとんどないでやんの。日常を書くにしても、もう就職もしているから下手なことは書けないし、個人情報が漏れないようになんて考えたらなおさら、書くことなんて何もない。そのうえ文を気の済むまで捏ねくり回す時間もない。この十年で、私がダイアリーを書いたのはたったの219日です。悲しいなあ。十年ですよ、十年。たまに文章を書いてダイアリーにアップしては、「ああやはり文章を書くのは楽しいものだ、たまにはこうして自分の脳内を整理して文章にしてやらにゃいかん」と思ったものですが、なかなか続かないんですよねえ。ああ悲しいなあ。
文章を書くのは本当に楽しくて、でも今は「それをしている時間があるのなら他のことをした方がよいのでは?」が多すぎる。仕事はもとより、見ていない録画を見たり*1、怒涛のようにアップされるゆーちゅぶ動画を見たり、本を読んだり漫画を読んだり、今好きな作品やキャラクターについて考察したり妄想したり、それから1年半前に一人暮らしを始めたので家事全般をしたり、やりたいことややらねばならぬことは山積みなのです。本当は「文章を書くこと」もこれらと同列に並べたいのだけれど、どうやら私の中ではそうはならないらしい。悲しいなあ。まあ、考察したことや妄想したことをまとめてダイアリーに載せるというのも一つの方法かとは思いますが*2、それをするにはここはオープンすぎる。ここでできるファン活動の限界は「事実のレポ」と「感想文」というのが今の考えですので*3、いや感想文すら上げられてはいないのですが、とにかく、いま何か文章を書くとしてもそれはアイドル活動に対するレポや感想ではなく、作品やその背景に対する考察・妄想がメインとなるだろうというのが現在のスタンスであり、それはこういったオープンスペースでの発信には不向きなのだと改めて気づいてしまったわけです。いや遅いわ。気づくの遅いわ。もう五年は前に気づけてたわ絶対。
もう五年は前に気づけていたはずなのに、ずるずるとここまで居座ってしまったのは、よほどはてなの居心地が良かったのだろうと思います。特に、大学時代の4年間、エイトを追ってエイトを見て、楽しくて、心をぐんぐん揺さぶられて、泣いて、泣いて、文章にして、あの4年間はまさしく青春と言って過言ではない時間だった。もう二度とあんな時間は過ごせないだろう。ほんっとうに、楽しかった。オンオフ共にコミュ障なので、はてなーのお友達ができることはついぞありませんでしたが、自分でそうやって感動したり文章にしたりする他に、色々な方のはてダを眺めて、共感したり、記憶を分けてもらったり、感動を分けてもらったり、解釈を教えてもらったり、それらも本当に楽しかった。どこまでも個人の感情や活動に完結する私のはてな人生でしたが、それは多くのはてなダイアラーに支えてもらって成ったものでした。ああ、楽しかったなあ。
だから、はてなウェブログを取るのはここらで一度終わりにしようと思いました。まだハイクが残っているので、ハイクが終了するまではハイカーとして生きていこうと思います。ダイアリーもハイクもなくなる。これが私がはてなを去るタイミングなのだろう。14年近くの間、どんなに遠く離れていても拠点だと思っていた場所を去るのは非常に寂しく、もったいないことに感じる。でも、いくら居座ってももうダイアリーもハイクもない。はてブロに移動したところで私にはもう書くべき文章もない。悲しいけれど、残念だけれど、これで終わりだな。青春は、通り過ぎるからこそ青春なのだ。とりあえずidはまだ残しておくけれど、ハイク終了後は多分もうしばらくははてなでは何もしない。というかできない。
エイトからはだいぶ離れてしまいました。これからも、よほど余程のことがない限り、戻ることはないでしょう。だって私は8人がいいから。でも、一昨日の8J特番は一生懸命見ましたし、今日の紅白も真剣に見ちゃいましたし、このあとのカウコンも多分一生懸命見てしまうのでしょう。エイトはやっぱり特別です。14年の間にエイトにも色々あって、私にも瑣末ながら色々あって、その中でもう茶の間とも言えないくらい遥か遠くから眺めることになってしまったけれど、それでもやっぱりエイトは特別です。私は、何がなんでも8人が良かった。でも、それでも、こう願うのも本心です。願わくば、関ジャニ∞と、渋谷すばると、内博貴に、幸多からんことを。


14年間、ありがとうございました。また寂しくなったら、どこかに場所を求めると思います。それがはてなブログであったなら、その時はどうぞよろしくお願いいたします。

*1:それこそ戦隊ですら見ていない回が未だにいくつかある。

*2:もともとそれすら満足にできていない十年間だけど。

*3:過去もうちょっと踏み込んで舞台考察をしたエントリもありますが、やっぱりちょっとしっくりこないというか、どこかブレーキをかけている感じがある。

「歌が下手になった」で検索けんさく!!

じめじめしていてもしょうがないので、明日からこれやります。

1、踏み台(小さいイスでも安定してるものならなんでも大丈夫です)を自分の前に置いてください。

2、次に好きな音楽をかけます

3、その音楽に合わせてのぼったり降りたり、音楽に合わせて歌いながら踏み台昇降をしてみてください。

4、歌うのに夢中になるとリズムがずれますので、本気で歌わずあくまでもリズムに合わせて上り降りしてみてください

5、上半身は必ず力まず、リラックスさせてください。

6、これを1日15分くらいおこなって、1週間(毎日行ってください)たっただけでも歌に必要な筋肉(身体のバランスをとる丹田)がつきはじめます。


YAHOO!知恵袋より


知恵袋を頼り始めているあたり、自分ヤバイなということには気づいている。でもまあ、踏み台昇降自体からだに悪いことではないので、まあいいかなと。

歌は趣味程度の上手さ下手さです(つまりは人並み)。もしくはゆるやかに死ぬ話。

年明けからこっち、のどの調子が悪いのか、歌がめちゃくちゃ音痴になっていてしんどい。年末に音楽の恩師を亡くした精神的ショックのせいかと一瞬思うも、そんな殊勝な性格していないのでまあ違うなと。花粉症のせいで鼻のどがうまく使えないせいかなとも思ったのですが、もう花粉症の時期は終わりました。原因がない。それでも、歌っても歌っても音痴(自由律俳句)。


まあ、老化でしょうな。こうやって、ちょっとずつ歌える歌も少なくなって、楽譜も少しずつ見えなくなって、聞こえる音も少なくなっていくんだろうな。こうやって、人間は毎日毎日少しずつゆるやかに死に向かっているんだな。と思いました。年を取ることは嫌ではなかったのですが(だって大人になってからのほうが圧倒的に楽だ。人生が楽だ。)、それは人生のピークを越えていなかったからだったのです。肉体が完全にピークを越えた今、非常に老化が恐ろしい。ゆるやかに、しかし確実に始まっている「老化」が私の心を抉る。これ以上向上することはなくて、むしろ好きなことはどんどんできなくなって、世界を見ることも聞くこともできなくなるのなら、いったい生きることには何の意味があるのだろう。


今日も、私はゆるやかに死に向かう。死ぬ途中である残りの人生で、私は何なら最後までできるのだろうか。何を慰みとして死に向かうのだろうか。去年までは、それが歌だと思っていた。でも違った。私にとっての「それ」は、少なくとも、歌ではなかった。慰みも何もなく、あとうん十年この世に滞在するの? 長くね?? 人生50年だった時代が羨ましい。ピークを越えれば人生も残り半分ってとこでしょう。ピーク過ぎてあと半分なら、なんとかがんばれる気がするのに。私は、何かアクシデントに見舞われない限り、まだこれまでの人生の倍以上の時間をこの世で過ごさなければならないのだ。


あー楽しく歌える体が欲しい。才能はいらない。ただ、思った音が出ればそれでいい。

油断ならない

まずはこちらをご覧ください。
https://twitter.com/YosukeYou/status/914499379389652992
岸くんかっこいい。いやそうじゃない。いやかっこいいは事実であり現実。それは揺るぎなき真理。話したいのはそこじゃない。


またじめじめしだした。

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一歩ずつ一歩ずつ

先月から新生活を始めました。三十路を迎え、30年間続けてきた同じ生活にふと「飽きたな」と思い、そろそろ新しいことしたいなと考えた結果です。これで、ご飯を食べながらでもキュウレンジャー見放題ですし、用事さえなければ時間変更後の戦隊もライダーも、プリキュアもリアタイ楽々です。たーのしいな!


一人遊びは超得意分野であるにも関わらず「一人がこんなにつまらんものとは思わなかった」と思いながら(しょっちゅう実家へ帰りつつ)二週間ほど過ごし、一ヶ月経つ今でも思ってるけど、まあそれなりに生活を楽しみ始めました。しょっちゅう実家へ帰っていたのには色々理由があります、正装取りに帰ったり、仕事で使う機材借りに行ったり、ゴニョゴニョ。


生活については、料理をしないと決めてしまえば、掃除・洗濯くらいなら最低限はなんとかなるんだなあとかナメたことを言ってみる。そのうち掃除も行き届かなくなって、最終的には洗濯も追い付かずユニクロで買い足すという未来が見えます。その未来が少しでも遠くなるよう願っている。(他人事) 今のところはまだなんとか。


そして一昨日、やっと包丁とフライパンを買いました。遅い。いかに料理をする気がなかったかがよく分かる事案です。元来食に対する意欲が希薄な方なので、まさか自分一人のために食事を用意するなんてバカバカしいありえない、お惣菜とかインスタントで十分だと思っていたのですが、せっかく包丁とフライパン買ったんだし使うかと今朝ウインナーを炒めたらこれがとってもおいしくて。ただ炒めただけのウインナーが、おいしくて。お惣菜とかのほうがよほど味付けもされていておいしいはずなのに!


というわけで、それに気を良くしてスーパーへ行き、森高さんのアレを買ってきてじゅうじゅう炒めました。おいしかった。お惣菜とかインスタントと何が違うかは分からないけど。(禁句)(気分の問題です) 食が細いので、食べることへの意欲はやはり弱めですが、希薄というほどではなかったことを知りました。インスタントで十分なんて思えたのは、黙っていてもおいしいごはんが出てきてたからだったんだなあ。お母さんありがとうなあ。(せめて十年前に抱き実感しておくべき感謝を今ここで!)(成長の全てが遅い)


これからは、お惣菜とインスタントとちょっとだけ手を加えたものと、うまく回していこうと思います。三連休ほとんど仕事も用事もなかったからできた芸当でした。次のお休みはいつかな!(向こう一ヶ月はやらないフラグ)

かえりたーいーかえりたくなーいー

出張があることによって普段より早く帰路につく。
早すぎて戸惑って、帰りたくなくて立ち止まってハイク。
今から職場に戻って仕事していくのも悪くないかも?とか脳裏に過る。
でもどうせ19時半で閉め出される職場なので1時間くらいしか作業できない。あんまり意味ない。
かといって、お買い物する元気もなく(足が疲れました)(ぺたんこ靴にすればよかった)(新しいお洋服は欲しい)(でも足が疲れました)。
でもこの時間に帰るのが違和感すぎて、立ち止まってダイアリ。


帰ったら帰ったで、きっとやることはあるんだよ。
でも結局、ひたすらツイッターやってアプリゲーム*1やって寝落ちして明日なんだよ。
私は何をすればいい?
何がしたい?
何もかもしたいけど、なんにもしたくない。
私はどうすればいい。


そんなことをぐだぐだと管巻いて、気づけば30分が経過。
帰るか。
きっと今日も寝落ち……
せっかくなら、いま個人的に大ブームのニチアサ9レンジャイ総復習でもしようかね!
なお、BとNが好きです!


おお、テンション上がってきた!
よし帰ろう。
オタクは今日も元気でぃす。

*1:現在3年ぶりに、幽白のアプリゲームプレイ中